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TEM テンパスAI|他人の治験で23%上がる会社の値段

テンパスAIの株価は8月19日に23%上昇したが、材料は同社ではなくメルクとモデルナの治験結果だった。SNSで回る210億ドルという試算を分解すると、転換社債11億7000万ドルと株式対価による希薄化が抜けている。

8月19日、株価は23%上がった。テンパスは何も発表していない。上がった理由は、メルクとモデルナの治験結果だった。

SNSでこんな試算が回ってきた。データ事業に売上の10〜12倍、診断事業に10倍を掛けて足すと210億ドル。いまの100億ドルに対して倍以上だ、と。

足し算の順序はまっとうだ。事業ごとに違う倍率を掛けて合計する、いわゆる部分の和で企業価値を出す手法で、複数の性格の事業を抱える会社にはよく使われる。問題はこの計算に、引くべきものが引かれていないことにある。

転換社債11億7000万ドルはどこへ行ったか

部分の和で出るのは事業そのものの値段であって、株主の取り分ではない。そこから借金を引き、手元現金を足して、はじめて時価総額と比べられる。

テンパスの6月末時点の転換社債は、純額で11億7278万ドル。内訳は2032年満期のゼロクーポン債4億6000万ドルと、2030年満期の0.75%債7億5000万ドルだ。現金・有価証券は8億2070万ドル。差し引き3億5000万ドルほどの純負債が、試算の210億ドルからは引かれていない。

さらに大きいのが、7月20日に発表したパーソナリス買収である。1株16.25ドル、総額およそ15億ドル。対価は主に自社株だ。つまり210億ドルという分子を作るために使う株数が、これから増える。分母を据え置いて分子だけ膨らませた計算になっている。

5億2500万ドルという数字は、たぶん取り違えだ

もうひとつ、細かいが効く誤りがある。

試算はデータ・アプリケーション事業の年換算売上を4億1000万ドルとしていた。だが7月30日発表の第2四半期実績では、この事業の売上は9320万ドルだ。4倍しても3億7300万ドルにしかならない。

4億500万〜4億1000万ドルという数字は、同じ発表のなかに確かに存在する。ただしそれは第3四半期の全社売上ガイダンスであって、データ事業の年換算ではない。取り違えたまま成長率を掛けているので、翌期の5億2500万ドルという着地見込みは1割ほど過大になる。10倍を掛ける前提の数字が1割ずれれば、結論も1割ずれる。

同じく診断事業の第2四半期売上は2億9330万ドルではなく2億8933万ドルだ。こちらは誤差の範囲だが、数字の出どころを確かめずに引用した痕跡ではある。

そして「いまの100億ドル」も、もう正しくない。8月20日終値は67.37ドル、時価総額はおよそ121億ドルだった。2週間前の47ドル台から4割以上動いている。倍になる、という話の出発点が、書かれた時点からすでにずれている。

550万ドルの黒字は、何で作られたか

第2四半期、テンパスは上場後はじめてGAAPベースの純利益を出した。550万ドル。見出しとしては強い。

中身を開くと、営業損益はまだ7590万ドルの赤字である。純利益を黒に押し上げたのは1億0276万ドルの営業外収益で、そこには保有する有価証券の評価益9850万ドルが含まれる。上期でみれば純損失1億2028万ドル、営業活動によるキャッシュ流出は8080万ドルだ。

これは会計上の黒字であって、事業が現金を生みはじめた合図ではない。会社側もそこは正直で、年内に free cash flow(自由に使える現金)を黒字にする、と将来形で語っている。通期の調整後利益見込みは約6500万ドル。前年から7200万ドル改善する計画で、方向は明確に良い。ただし「黒字化した会社」として値段を付けるには、あと数四半期早い。

テンパスは通行料を取る側なのか

ここからは自分の持ち場の話になる。

私が銘柄を測るときの第一の物差しは、その会社が通行料を取る側か、支払う側かだ。AIの世界で誰が勝つかは当てられない。だから、誰が勝っても料金所を通らざるを得ない位置にいる会社を選ぶ。

テンパスの売上の76%を占める診断事業は、この物差しでは支払う側に近い。検査の値段を決めるのは公的保険と民間保険の償還制度であって、テンパスではない。7月に取得したxT CDxのFDA承認は良いニュースで、2027年から年8500万ドルほどの上乗せが見込まれる。だがそれは「値上げが通った」のではなく「当局が価格を認めた」結果である。価格を自分で決められない事業は、どれだけ伸びても通行料にはならない。

面白いのは残りの24%のほうだ。データ・アプリケーション事業は前年同期比28%増、うち製薬向けのライセンス部分は36%増で、四半期のうちに約2億ドル分の新規契約を締結している。臨床データと分子データを紐づけた資産を製薬会社に貸す——これは通行料の形をしている。相手が薬を当てても外しても、データの使用料は入る。

ただ24%だ。値段は残りの76%に引っ張られる。競合のガーダント・ヘルスが時価総額225億ドル前後で、2026年の売上見込みが13億4000万〜13億6000万ドル。この土俵での比較は成り立つが、それは診断ラボ同士の比較であって、通行料を取る会社の比較ではない。

見送った銘柄が11日で43%上がったとき

8月10日、私はこの銘柄を見送っている。理由はいま書いたとおりで、成績ではなく位置の問題だった。

そこから8月20日までに株価は43%上がった。19日の23%高は、メルクとモデルナが個別化mRNAがんワクチンの第3相試験で再発無再発生存の改善を示した、というニュースによる。カスタムmRNAがん治療の第3相成功は史上はじめてで、その配列解析を担っていたのがパーソナリス——テンパスが買おうとしている会社だ。翌20日にはBTIGが目標株価を80ドルに引き上げた。一方で8月初旬にはバンク・オブ・アメリカが52ドル、スティフェルが50ドルへ引き下げている。同じ会社に対して、1か月のうちに30ドル幅の見立てが並んでいる。

上がったから見送りが間違いだった、とは書かない。判断を動かすのは事実であって株価ではないからだ。ただし今回、事実のほうは確かに動いた。買収先の技術が第3相という最も重い検証を通過したことは、パーソナリスの価値評価そのものを変える。だから私は前回「再評価の条件は出さない」と書いた部分を撤回し、条件を三つ置き直した。

データ・アプリケーションが売上の40%以上を2四半期続けること。製薬とのライセンス更新で単価が上がったと経営陣が明言すること。買収完了後、微小残存病変の検査領域で支配的な位置が確認できること。いずれも「業績が良いか」ではなく「価格を自分で決められるか」を測る条件にしてある。伸び率やEPSを条件に入れると、成績が良いときほど買値が高くなるという逆立ちが起きる。

見るのは11月の第3四半期決算だ。それまでこの判断は動かさない。

11日で43%上がる株は、11日で43%下がる株でもある。値段が自社の実績ではなく他社の治験で決まっているうちは、その両方が同じ確率で起きる。